薄紅葵雑記

気が付けば、朱夏も終わり。これからを楽しむために。

江戸時代を生きたバッハ

こんにちは、薄紅葵(うすべにあおい)です。

 

 

昔から、勉強は得意ではありません。

学生時代から苦手で嫌いな科目ばかりです。

その中の1つが歴史なのですが…。

 

 

水色姫とテレビで「チコちゃんに叱られる!」を見ていました。

その中のワンコーナーで、オーケストラの指揮者の動きの謎について話をしていました。

水色姫が好きなバッハの話になったとき、水色姫が言いました。

「子供の頃は、バッハって大昔の、平安時代くらい昔の人って思っていたけど、実は江戸時代の人なんだよね。」


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1685年にドイツでは、音楽の父と呼ばれる「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ」が生まれました。

1685年(貞享2)の日本では、徳川幕府第5代将軍・徳川綱吉が生類憐れみの令を出しました。

 

 

1702年(元禄15)の日本では、あの赤穂浪士の討ち入り事件が起こりました。大石内蔵助らが吉良上野介を討ちました。

この頃、バッハはヴァイマールの宮廷楽団に就職しました。

 

 

32歳頃のバッハは、ケーテンに移り、アンハルト=ケーテン侯国の宮廷楽長となりました。

1716年(享保1)の日本では、徳川吉宗が8代将軍となり、享保の改革が始まりました。

 

 

51歳頃のバッハは、ザクセンの宮廷作曲家に任命されました。

1732年(享保17)の日本では、享保の飢饉が起こりました。

 

 

1750年に、65歳でバッハはこの世を去りました。

3年後、日本では、浮世絵画家の喜多川歌麿が生まれたとされています。

 

 

少し視点を変えてみると、苦手だった歴史にも興味が湧くからおもしろいものですね。

バッハもなんとなく身近に感じたりして…。

 

 

最後までお付き合いありがとうございます。
そしてまた、このブログに足を止めていただけるのを、心よりお待ちしております。